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最高裁判所第一小法廷 昭和52年(あ)1115号 決定 1978年3月06日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人山田有宏、同伊東真の上告趣意のうち、憲法三一条違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であり、判例違反をいう点は、所論の引用する判例が本件とは事案を異にしているので前提を欠き、その余の点は、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

所論にかんがみ、職権により判断するに、「被告人甲は、公務員乙と共謀のうえ、乙の職務上の不正行為に対する謝礼の趣旨で、丙から賄賂を収受した」という枉法収賄の訴因と、「被告人甲は、丙と共謀のうえ、右と同じ趣旨で、公務員乙に対して賄賂を供与した」という贈賄の訴因とは、収受したとされる賄賂と供与したとされる賄賂との間に事実上の共通性がある場合には、両立しない関係にあり、かつ、一連の同一事象に対する法的評価を異にするに過ぎないものであつて、基本的事実関係においては同一であるということができる。したがつて、右の二つの訴因の間に公訴事実の同一性を認めた原判断は、正当である。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官団藤重光の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官団藤重光の補足意見は、次のとおりである。

問題は、第一審における本位的訴因と予備的訴因とが公訴事実の同一性の範囲内にあるものといえるかどうかである。本件は、被告人黒川が自動車運転免許証取得者と運転免許試験の試験官とのあいだに介在して賄賂の授受に関与した事案であるが、本位的訴因では被告人を収賄側の共犯者とみたのに対し、予備的訴因では同人を贈賄側の共犯者とみたのであつて、そこに基本的事実関係の同一性があるのはもちろんのこと、わたくしのいわゆる構成要件的共通性(団藤・新刑事訴訟法綱要・七訂版・一五一頁参照)があることもあきらかである。けだし、本件の本位的訴因において収賄罪の構成要件に該当するものとされた事実と、予備的訴因において贈賄罪の構成要件に該当するものとされた事実とは、重要な部分において重なり合うものだからである。私見も多数意見――従来の判例の見解――と基本的に異なるものではない。

(藤崎萬里 岸盛一 岸上康夫 団藤重光 本山亨)

弁護人山田有宏、同伊東真の上告趣意

第一 原判決は憲法第三一条法定の適正手続保障の規定に違反し、且つこれを破棄しなければ著しく正義に反し、判決に影響を及ぼすべき法令の違反がある。

一 原判決は刑事訴訟法三一二条第一項に関する誤りがある。

(1) 原判決は公訴事実の同一性がないのにも拘らず、これありと判断している。

弁護人が公訴事実の同一性を欠くと主張するのは、原判決判示中贈賄の訴因についてである。

被告人黒川に対する第一審の横浜地方裁判所昭和四八年(わ)第五六〇号、五六二号、一、一七九号、一、三二四号、一、八四三号各被告事件における当初の訴因は、いづれも公務員である細川、小林秀一との共謀による枉法収賄であつた。

検察官は原審第一八回公判期日において右各訴因をいづれも共謀による贈賄に予備的に変更する旨の請求をなし、裁判所は同期日において右請求を許可する決定をした。

而して第一審裁判所は被告人に対し、予備的訴因である贈賄を認定し、有罪の判決を言渡した。

(2) 弁護人は右一審判決に対し、控訴を提起し、控訴審において右本位的訴因と予備的訴因とは公訴事実の同一性を欠いているから、原判決には訴訟手続の違背がある旨主張した。

しかるに、控訴審である東京高等裁判所は「なお本件は訴因変更の前と後で公訴事実が同一であることはいうまでもなく」と判示して弁護人の主張を排斥し、被告人に対し贈賄の訴因につき有罪の判決を言渡した。

(3) しかし、訴因の追加変更が予備的にせよ認められ、この変更後の訴因を認定して有罪の判決を言渡すには、両訴因の間に公訴事実の同一性が存在しなければならない。そして公訴事実に同一性があるとするためには、両訴因の間に同時に併立し得ない関係、すなわち一方の犯罪の成立が認められるときは、他方の犯罪を認め得ない関係にあることが必要とされている。

ところで、本件本位的訴因は、原判決別紙第一記載のとおりであり、予備的訴因は同別紙第二記載のとおりである。この本件本位的訴因と予備的訴因との間には、この原判決別紙第一と第二の各記載を対比すれば明らかなように、その利益受供与の日時、場所、共犯者、賄賂の額、内容等が著しく異つているうえ、両事実は相矛盾し合うのではなく、ともに併立しうる関係にある。

例えば、冒頭の第五六〇号事件の免許証取得者鴫原吉輝にかかる訴因についてみれば、本位的訴因における犯罪の日時は「昭和四六年二月下旬ころ」、場所は「バー京子こと山田ハル方」供与者は「鴫原吉輝」、賄賂は「現金二五万円」であるが、予備的訴因では犯罪日時が「昭和四六年三月上旬ころ」、場所は「バー京子附近路上」、供与者「黒川広治(被告人)」、賄賂は「現金五万円」である。

このように、この訴因はその内容を著しく異にするばかりでなく、同時に併立することを妨げない関係にある。

すなわち、本位的訴因に示される日時、場所において、被告人が、細川、小林らと共謀して免許証取得者である鴫原から現金二五万円の賄賂を受け、これを細川、小林らと分配し、さらに予備的訴因に示されるようにこれとは別の日時、場所において被告人が再度同じ職務行為(すなわち鴫原に対する免許証の不正取得の請託)に関し、細川、小林らに現金五万円の賄賂を追加供与することもまた何ら矛盾することなく存在し得るのである。ことに本件の場合、免許証取得者から被告人に供与された現金は、被告人の所持金と混同され、細川らに供与された賄賂とは同一性を欠くものであつた。

(4) 右の一例をもつても明らかなごとく、本件両訴因は一方の犯罪の成立が認められるときに、他方の犯罪の成立を認め得る関係にあるのであつて、両訴因の間に公訴事実の同一性を欠いていたことは明白であり、これを看過して両訴因間に公訴事実の同一性ありとし、被告人に対し賄賂の訴因を認定し、有罪の言渡しをした原判決は刑事訴訟法第三一二条第一項の解釈を誤つたものであるところ、もし原判決が訴因の変更を認容しなければ被告人は贈賄につき無罪の言渡しを受けた筈であるから、右解釈の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の違反であり、これは憲法三一条に違反する上、原判決を破棄せざれば著しく正義に反する結果となることは明らかである。

二 原判決は訴因変更の時期及び変更後の証拠調べの要否、立証趣旨の拘束力について誤つた判断をしている。

(1) 本件の第一審裁判所は、被告人黒川につき枉法収賄として起訴されたものを、実質的証拠調べが終了した第一八回公判期日になつて検察官に対し、訴因の予備的変更することを勧告したため、検察官は収賄の訴因を贈賄の訴因に予備的変更をする申立をしたものの、最後迄枉法収賄が成立すると主張した(第一審検察官論告第一、四、)。

然るに、第一審裁判所は検察官が収賄の立証趣旨で請求した証拠をそのまま贈賄の証拠として、贈賄につき有罪の判決をなした。

仮りに、主位的訴因と予備的訴因との間に公訴事実の同一性があるとしても、検察官申請の立証趣旨を枉法収賄から贈賄にかえて、新たに証拠調べをしなければ、被告人に実質的な不利益を生じ、さらに防禦の準備を必要とする場合にあたるのに、これをしなかつた第一審判決は、これまた判決に影響を及ぼす訴訟手続の法令違反があつたものといわなければならない。

(2) 然るに控訴審である原判決は刑事訴訟法三一二条によれば、訴因の追加変更をなすべき時期については、格別の制限がないから検察官の訴因の変更請求が実質的証拠調べが終了した段階で行なわれたものであり、それまでの間に検察官において訴因の変更請求をなし得る機会があつたとしても、収賄か贈賄かの判断となる証拠は全く同一であつて、訴因変更の段階ですべて取調べ済であり、訴因変更の前と後で公訴事実が同一であることはいうまでもなく、変更前の訴因についての証拠を変更後の訴因についての証拠として用いることは、当該証拠が特に立証趣旨を制限して採用した証拠であるなど、特段の事情が認められない本件においてはなんら違法ではない。

さらに第一審における検察官の訴因変更申立に対し、弁護人において「右請求に異議はない」といつたこと、そして被告人黒川が予備的訴因に対する認否として「すべて認めます」と陳述していることから、第一審の予備的訴因の変更請求を許可した決定は、適法かつ相当と判示している。

(3) しかし、第一審判決が摘示している通り「被告人大塚又は同黒川とが贈賄金収受に関し共謀したことを認めるに足る証拠はない」ことは、通常の注意をもつて証拠を評価するならば、極めて明らかであるのに拘らず、検察官は被告人黒川らに対し共謀による枉法収賄の訴因で公訴を提起したのであるが、右の訴因構成はまことに重大な事実誤認により、且つ贈収賄罪の本質を理解しない極めて無謀なものであることは多言を要しないところであり、検察官は重大な過失によつて右の訴因構成をしたものであることは明らかであつた。

さらに検察官は右の如く重大な過失に基づく枉法収賄の訴因を最後まで主位的訴因として維持し続けた挙句、証拠調べが実質的に終了した第一八回公判期日において、共謀による贈賄の訴因を予備的に変更することを請求したのであるが、前述したとおり、本位的訴因と予備的訴因とは全く事実関係を異にしているため、その証拠も共通性がなく、新たに検討し直す必要に迫られたのであり、このように検察官の極めて恣意的な訴因維持のため、被告人は実質的に防禦権を甚だしく妨害されたのである。即ち、検察官が共謀による枉法収賄を主位的訴因としてあくまでも固執していたため、被告人側としては右の主位的訴因は証明できないことが明らかであると解していても、検察官の態度に応じて、あくまでも主位的訴因の立証をすることに弁護活動を傾注せざるを得なかつたのであり、その当然の結果として予備的な訴因である共謀による贈賄についての弁護活動は全くなし得なかつたのである。そして、第一審判決は予備的な訴因を認定したので、被告人側は第一審判決認定訴因について全く弁護活動をなし得ないままに、まさに不意打ちを受けたのである。

以上に記述した通り、第一審において検察官が行つた訴因の予備的変更請求は違法であつて許されないものであるのに拘らず、第一審裁判所が右請求を許可した決定は違法であり、かつ第一審並びに原判決は右許可決定をした予備的訴因を認定しているので、右の違法な許可決定が原判決に影響を及ぼすことは明らかであり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反することは明らかである。

(4) さらに、新刑事訴訟法は主として被告人保護の趣旨から、当事者主義を強化している。

そして「刑事訴訟規則第一八九条によれば、証拠調べの請求は証明すべき事実を表示してこれをしなければならない……旨規定され、各犯罪事実毎に証拠調べの請求をなすべき旨を明らかにしている。これは被告人側が相手方から提出された証拠の証明力を争い、その防禦権の行使に重要な関係があり、例えばある供述調書は或る事実の証拠に供することには同意するが、他の事実の証拠に供することには反対する場合を生ずることが想像されるので、一つの事実を証明するため証拠調べを請求した証拠は、他の事実の証明に供することを禁じられているものと解すべきで……ある」(福岡高判昭和二五年七月一一日(特報一一・一四三)このように、被告人保護の見地から証拠の立証趣旨には拘束力を認めるのが法の趣旨である(岸盛一刑事訴訟法要義一六二、一六三頁)。

しからば、第一審において立証趣旨を変更しないまま、かつ新たに証拠調べをしないで、贈賄につき有罪の判決をしたのは、判決に影響を及ぼすべき訴訟手続に法令違背があり、この点で原判決は右福岡高等裁判所の判例と相反する判断をしているので、破棄されなければならない。

(5) 原判決は第一審における訴因の予備的変更請求の際、弁護人が異議を述べなかつたこと、被告人が予備的訴因について認めたことをもつて第一審訴訟手続に違背はないとしている。

然しながら、弁護人が異議を述べなかつたのは、訴因の予備的変更が裁判所の勧告でなされたものであるから、弁護人において異議を述べても無意味であると思料したからであり、被告人が認めたのは収賄についても認めたのであるから、ここで否認するのはおかしいと考えたからであり、これをもつて各取調済みの証拠につき贈賄の立証趣旨を認めたり、新たな証拠調べをしないでよいという趣旨ではないのである。

検察官はあくまでも枉法収賄を主張し、弁護人は予備的訴因の変更請求そのものについてだけ異議がないだけであり、予備的変更の許可決定は争つているのであるから、原判決の右判断は不当であり、破棄されなければならない。

第二 原判決の刑の量定は甚だしく不当であつて、これを破棄しなければ著しく正義に反することを認める事由がある。

すなわち、原判決は犯情として、被告人は自己の免許証不正取得の体験から、細川らの免許証不正取得の仕組みを知り、自らもこれに介入して利益を得ようとし、自己の輩下の者などに捜させた免許証不正取得希望者を次々と細川のもとに送り込み、その都度謝礼金として一五万乃至二五万円を受け取り、その一部を公務員たる細川に賄賂として供与し、残りを自ら取得し、少なからぬ利益を得て、いたものであり、犯行の動機につき斟酌すべき点はなく、その手口、態様は大胆、悪質であると判示している。

しかし、被告人黒川が本件贈賄行為に加担するに至つた経緯を検討すると、昭和四五年六月上旬鈴木実からすすめられて運転免許証の不正取得を右鈴木に依頼し、相被告人細川に紹介され、同被告人に当初の現金三万円の贈賄をしたのであり、このことが本件贈賄行為に加担するに至るそもそもの発端動機なのである。従つて、被告人黒川について、本件贈賄の動機となつた事情は全く受動的であり、いわば知人らに引込まれたものというべきものであつて原判決のいうように、自ら積極的に本件犯行に及んだ事実はない。

また、贈賄罪は国家的法益に対する犯罪であり、公務員の職務上の行為に対し、不正な対価を供与することにその本質があるのであつて、その犯情の大きさは供与された利益額の大きさに比例するのであり、財産犯とはその性質を異にするのであるから、これによつて得られた利益の大小は無関係である。

本件の場合、被告人において不正取得者から取得した謝礼金につきその全額を公務員たる細川らに供与した場合と、その一部を供与したにとどまる場合とでは、その犯情の重さは前述の贈賄罪の本質にかんがみ、前者の方が大であることは当然であるところ原判決は贈賄罪の本質の理解を欠き、被告人の細川らに供与しなかつた謝金の額を不正な利得としてとらえ、悪しき犯情として挙げており、その誤りが量刑に影響したことは明らかである。

被告人の量刑が不当に重いものであることは、第一審検察官すら原審の論告に際し「あくまでも主位的訴因である枉法収賄の共犯が成立するものと確信している」として、主意的訴因のみについて言及したうえ、被告人に対し懲役四年を求刑していることからも明らかであり、被告人が枉法収賄よりも法定刑においてはるかに低い贈賄をもつて処断する以上、懲役三年六月の刑が甚だしく不当に重く、原判決を破棄せざれば、著しく正義に反することは明らかである。

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